2012年11月19日

日本のゲーム

いつの頃からか日本で作られた国産ゲームよりも、海外で作られたいわゆる洋ゲーの方が面白く感じる。
日本のゲームって、お得意のアニメ調のグラフィックに、やたらと複雑な操作性、長いムービー、過剰な説明など、本来の【遊び】以外の部分ばかりが目について、どんなに面白そうでも初っ端からヤル気をそがれてしまう。

最後までクリアしたいと思わせるまでに、多くの障害があるのが今の日本のゲームだと思う。

この点については過去にも何度か述べたけど、ハードが進化する度にゲーム自体はどんどんつまらない方向へ進んでる気がしてならない。
これは単にゲームに飽きた云々によるものではない。

特に昨今の日本のゲームでは、どんなに人気のあったゲームでも続編にあたる新作は、多くが過去と決別するかのようなスタイルの変化がお約束である。
新しいハードで出る新作なら尚更で、【新しいハードの能力をいかに発揮させるた新しいゲームにするか】ばかりに力が注がれ、結果として全くの別物ゲームとなってしまうので、せっかくついたファンからも見放される結果となる。

人気があって多くのファンが付いたのに、どうして新作だからと言ってスタイルを崩す必要があるのだろうか。
同じシステム、同じスタイルや操作性などのまま、新しいストーリーやステージでの続編でいいのに、誰も求めていない過剰な演出や斬新な操作性が良いものだと間違った方向に走ってしまうのが日本のゲーム業界だと思う。

一方で、洋ゲーはシリーズものの新作は、いわゆる続編である。
続編であるから、新しいギミックの追加や演出はあるものの、慣れた操作性や世界観はそのままに新しいストーリーやステージで遊べる。
全くスタイルが異なるような変化はさせないので、遊びなれた従来のファンを裏切る事が少ない。

日本のシリーズものゲームの新作は、従来のファンを置いてきぼりにさせる。
折角覚えた世界観や操作性などは、同じシリーズであってもタイトルが変われば通用しなかったりする。

ドラクエやポケモンの支持率に比べて、ファイナルファンタジーシリーズがどんどんファンから見放されるのが良い例だと思う。


ルパン三世がアニメ放送開始から40年経つが、新作・旧作どのルパン三世を見ても間違いなくルパン三世である。
これは若干のアレンジや作風の変化はあっても、一貫したキャラ設定と音楽があるからだと思う。
だから、ファンにとってはタイトル毎の多少の良し悪しがあるだけで、全体的な安心感は揺らがない。

なぜ、日本のゲームクリエイターにはこうした考え方が無いのか疑問に思う。
【新しい=変化】だけでは無いと思うのだ。

以前、何故2D時代のゲームの新作が出ないのかでも言及したけど、折角面白いゲーム、評価の高かったシステムだったゲームが、ハードが進化したからと言ってゲーム性までも変えなければならないのかが不思議だ。
折角慣れた知識やテクニックがあっても新作では全く意味が無い。

ガラっと変えるなら、シリーズの中に入れずに別のシリーズとして出して欲しいくらいだ。
日本のゲーム業界が世界的に見向きもされなくなって来ているが、変化や違いばかりを追わず、また、お仕着せのストーリーやムービーなどじゃなく、【遊ぶ】というゲームの原点に帰って欲しいと願う。



posted by がーご at 17:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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